こんにちは。言語聴覚士(ST)として日々臨床現場に立っていると、ご家族からこんな切実なお悩みを本当によくお聞きします。
「最近、本当に物忘れがひどくて困っているんです」 「だから『忘れないようにメモ帳に書いてね』と何度も言っているのに、絶対にメモを使ってくれないんです。挙句の果てには『自分は忘れていない!』と怒り出してしまって…」
何度言ってもメモ帳を放り投げてしまう親御さんの姿に、ご家族は「どうしてこんなに頑固になってしまったんだろう」と途方に暮れてしまいますよね。 しかし、これは決して「親御さんの性格が頑固になった」わけではありません。実は、単なる記憶力(覚える力)の低下とは別の、「メタ記憶」という脳の機能が低下している強烈なサインなのです。
今回は、認知症や高次脳機能障害のリハビリにおける最大の鍵となる「メタ記憶」の正体と、ご家族の正しいサポート方法について解説します。
記憶力よりも重要?「メタ記憶」の正体とは
「メタ(meta)」という言葉には、「高次の」「客観的な」という意味があります。つまり「メタ記憶」とは、**「自分の記憶力を、一つ上の高い視点から客観的に把握する力」**のことです。
例えば、健康な私たちが「私は人の名前を覚えるのが苦手だから、すぐに手帳に書いておこう」「明日の会議の時間は絶対に忘れてはいけないから、スマホのアラームをセットしておこう」と行動できるのはなぜでしょうか。 それは、「自分の記憶力は完璧ではない(放っておいたら忘れてしまう)」ということを、自分自身で正確に監視(モニタリング)できているからです。
このメタ記憶は、脳の司令塔である「前頭葉(ぜんとうよう)」が深く関わっています。 認知症や脳卒中の後遺症でこの前頭葉の機能が低下すると、記憶力そのものだけでなく、この「自分の記憶を監視する力(メタ記憶)」も同時に壊れてしまうのです。
なぜ「メモ帳を使ってくれない」のか?(病識の低下)
メタ記憶が低下すると、一体どうなるのでしょうか。 答えは非常にシンプルかつ残酷です。**「自分が忘れているという事実(限界)に、自分自身で気づけなくなる」**のです。専門用語では、これを「アウェアネス(病識)の低下」と呼びます。
ご家族からすれば「さっきのご飯のことも忘れているのに!」とヤキモキしますが、本人の頭の中(メタ記憶)では、「自分は100%完璧に覚えている。ボケてなどいない」と本気で信じ込んでいます。
想像してみてください。外は雲ひとつない快晴(だと本人は思っている)のに、隣から「絶対に雨が降るから傘を差しなさい!」と無理やり傘を持たされたら、誰だって「降ってないのに傘なんか差すか!」と怒りますよね。
これと全く同じことが起きています。 「自分は忘れない(快晴だ)」と本気で信じている人に対して、「メモを取りなさい(傘を差しなさい)」と代償手段(お助けツール)を押し付けても、絶対に受け入れてはくれません。メモを使ってもらうためには、まず**「自分は少し忘れてしまうことがあるんだな(雲行きが怪しいな)」というメタ記憶(客観的な気づき)**を引き出すことが大前提になるのです。
家族を苦しめる「取り繕い」と「怒り」のメカニズム
忘れたことを指摘した時、親御さんが「あぁ、そんなこと言ってたっけ。聞いてなかったわ」「忙しくてそれどころじゃなかったんだよ」と、もっともらしい言い訳(取り繕い)をしたり、逆ギレしたりすることはありませんか?
これも、メタ記憶の低下による防衛反応です。 本人の内なる世界(自分は完璧だ)と、外部からの指摘(あなたは忘れている)が強烈にぶつかり合った時、脳はパニックを起こします。自分が壊れていく恐怖から心を守るために、無意識のうちに「周りが悪い」「自分は悪くない」という言い訳を作り出し、怒りという感情で自分を必死に防御しているのです。
現役STが教える、メタ記憶へのアプローチ(怒らない支援)
では、メタ記憶が低下したご家族に対し、私たちはどう接すれば良いのでしょうか。
- ①「事実の突きつけ(論破)」は絶対にNG 「ほら、やっぱり忘れてたでしょ!」「だから言ったじゃない!」と、証拠を突きつけて論破するのは最悪の対応です。壊れたメタ記憶に対して力技で戦っても絶対に勝てませんし、前回の記事でもお伝えした通り「怒られた不快な感情」だけが残り、関係性が崩壊するだけです。
- ②「一緒に確認する」という新しい習慣を作る 「お母さんが忘れるからメモを書いて」ではなく、「最近、私がうっかり忘れちゃうことが多いから、念のためリビングのカレンダーに大きく書いておくね。明日になったら一緒に確認してね」と、**「家族側の問題」として共有する(あるいは共同作業にする)**のがSTのよく使うテクニックです。
- ③ 怒らずに「記憶のズレ」に気づいてもらう 失敗した時に怒るのではなく、「あれ、一緒にカレンダーに書いたけれど、思い出すのが難しかったね」「人間誰でも忘れるから、これからはこのメモ帳を一緒に見ようか」と、ズレを優しく一緒に眺める姿勢が大切です。
まとめ:自分の「忘れている姿」を受け入れる悲しみに寄り添う
「自分はしっかりしているはずだ」という誇りが崩れていく恐怖は、私たちが想像する以上に凄まじいものです。メタ記憶の低下や言い訳は、その恐怖と闘っている親御さんの「最後の盾」でもあります。
「なんでメモを使わないの!」とイライラしてしまった時は、一度深呼吸をして、「あ、今この人は、脳の監視カメラ(メタ記憶)が故障して自分が見えなくなっているんだな」と思い出してみてください。
とはいえ、家庭内でこの「メタ記憶」に優しく気づいてもらうのは至難の業です。 そこで次回は、私が臨床現場の視点を取り入れて独自に開発した、**遊びながら「自分の記憶のズレ」に気づける『無料のメタ記憶訓練アプリ』**をご紹介します!楽しみにしていてくださいね。
コメント