リハビリの現場で、患者さんが料理や買い物などの複雑な作業(ADL)に失敗したとき、後輩の言語聴覚士(ST)からこんな相談を受けることがよくあります。 「〇〇さん、注意障害が重くてマルチタスクが全然できないんです…」
しかし、ちょっと待ってください。その失敗は本当に「注意」だけの問題でしょうか? 実は、一見同じような「作業中のフリーズやパニック」に見えても、原因が**「注意障害(脳のキャパシティの問題)」なのか、それとも前頭葉の「思考の柔軟性の低下・保続(ルールの切り替え問題)」**なのかで、私たちが提供すべきリハビリの処方箋は180度変わります。
後輩指導を行う中で見えてきた「2つの障害の決定的な違い」と、明日から使えるリハビリ・家族指導の具体策を整理しました。
STはここを見る!「注意」と「思考の柔軟性」の違い
一言でいうと、それぞれの障害の脳内イメージと生活場面での失敗パターンは以下のようになります。
① 注意障害(転換性・分配性):「作業」の切り替え・同時進行の失敗
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脳の状態: 脳内の「スポットライトの数」や「作業机の広さ」が絶対的に不足している状態です。
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ADLでの姿:
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**【分配性の低下】**テレビを見ながらキャベツを切っていて、手元から注意が逸れて指を切ってしまう。
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**【転換性の低下】**野菜を切っている途中で鍋が吹きこぼれ、慌てて火を止めた後、「あれ?さっきまで自分は何をしてたっけ?」と元の野菜切りに戻れなくなる(別の作業に移った瞬間に、前の記憶が飛んでしまう)。
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② 思考の柔軟性低下(セットの固執・保続):「ルール(思考)」の切り替え失敗
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脳の状態: 脳の「OS(基本ソフト)」がフリーズし、古いルールから新しいルールへ頭の切り替え(アップデート)ができない状態です。主に前頭葉機能の低下で起こります。
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ADLでの姿:
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カレーを作ろうと野菜を煮込み始めたが、戸棚にカレールーがない。ここで「じゃあ味付けを変えて肉じゃがにしよう」という柔軟な思考の切り替えができず、パニックになって「ルーがない、ルーがない」とひたすら戸棚の同じ場所を探し続けてしまう(保続)。
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💡 評価のポイント 原因を見極めるため、注意機能を診るなら「TMT」や「CAT(標準注意検査法)」。思考の柔軟性を診るなら「WCST(ウィスコンシンカード分類課題)」といった形で、目的に合わせて評価ツールを使い分けます。
【症状別】机上訓練からADLへ繋げるリハビリの具体策
原因が違えば、介入方法は全く異なります。それぞれの具体的なアプローチを見ていきましょう。
🅰️ 注意障害へのリハビリ:「ノイズを減らし、シングルタスク化」 注意障害に対する最大の鉄則は、脳のキャパシティオーバーを防ぐことです。
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【机上訓練】段階的な抹消課題: 最初は静かな部屋で特定の文字だけを消す(選択性注意)。慣れてきたら「ラジオのニュースを流しながら行う」など、意図的に環境ノイズを増やして注意の負荷を調整します。
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【ADL・環境調整】手順の細分化と視界の整理: 料理中、使わない調味料や器具はすべて戸棚に隠し、「いま使うもの」だけを視界に入れます。また、「①切る → ②炒める → ③煮る」と工程を一つずつ紙に書き、1つ終わるごとに赤ペンで線を引いて「今ここ!」を視覚化させます。
🅱️ 思考の柔軟性(保続)へのリハビリ:「外からの強制リセット」 思考の柔軟性が低下している場合、タスクを減らしても「同じ間違い(異常な脳のループ)」を繰り返します。鉄則は、STや環境が介入して強制的に思考の切り替えを手伝うことです。
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【机上訓練】用途の転換課題: 「新聞紙の使い道を、読むこと以外で5つ考えてください(包む、窓を拭く、丸めて遊ぶなど)」といった、一つの物事を全く別の視点から捉え直す(拡散的思考)訓練を行います。
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【ADL・環境調整】タイムアウト法と外的キュー: 間違った行動(引き出しを何度も開け閉めするなど)を繰り返す時は、「違いますよ!」と言葉で止めても止まりません。一度その道具を物理的にサッと取り上げたり、STがパンッと手を叩いて「はい、ここでストップ!」と外部から強制的に区切りを入れます。5〜10秒ほど全く別の話をして「脳の残像」を消してから再開すると、スッと次の動作に移れることが多いです。
家族のすれ違いを防ぐ!STによる「脳の通訳」ガイド
ご家族は、患者さんの失敗に対して「なんで同時にできないの!」「さっき言ったのに!」とイライラを募らせがちです。私たちSTは、脳の中で起きているエラーをご家族に分かりやすく「通訳」してあげる必要があります。
🗣️ 注意障害のある患者さんのご家族へ 「お父さんは今、頭の中の作業机が少し狭くなっている状態です。だから、歩いている時や食事の最中に**『横から急に話しかけない』**であげてください。テレビを消して、一つのことに集中できる環境を作ることが、一番の事故防止とリハビリになりますよ」
🗣️ 思考の柔軟性が低下している(保続がある)ご家族へ 「お母さんが同じ失敗を繰り返すのは、性格が頑固になったからではなく、脳の『切り替えスイッチ』がサビて固くなっているからです。ここで理詰めで説得しようとすると、余計にパニックになってしまいます。もし同じ行動を繰り返していたら、**『ちょっとお茶でも飲んで一休みしようか』と声をかけて、一度その場から物理的に離れてみてください。**数分待つだけで、スッと頭のスイッチが切り替わることが多いですよ」
アセスメントに迷ったら?「思考の柔軟性」を測る無料Webアプリ
「作業そのものが処理しきれないのか(注意)」、それとも「作業はできるがルールが更新できないのか(柔軟性)」。この2つの違いを見極める目を持つだけで、私たちSTのアプローチは劇的に的確になります。
思考の柔軟性(ルールの切り替えと保続の有無)をベッドサイドでサッと評価する際は、私が自作して無料公開しているWebアプリ**「Card Sorting Task(WCST風カード分類課題)」**が非常に便利です。 タブレットで患者さんに操作してもらうだけで、「どのタイプのエラー(保続)が多いか」まで自動で計算・判別してくれるので、ぜひ明日からの臨床の評価ツールとして活用してみてください!
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