こんにちはたま助です。
「認知症」と聞いて、皆さんはどのような症状を思い浮かべるでしょうか? おそらく、多くの方が真っ先に**「物忘れ(記憶障害)」**を挙げると思います。人の名前が出てこない、昨日の夕飯に何を食べたか忘れる…。確かにそれらも代表的な初期症状の一つです。
しかし、私が言語聴覚士(ST)として日々多くの患者さんやご家族と接する中で、ご家族が最初に強烈な「違和感」を覚え、かつ生活への影響が最も大きいのは別の部分にあります。
それは、**「長年当たり前にできていた『いつもの習慣』ができなくなること」**です。 今回は、単なる物忘れの影に隠れがちな、しかし絶対に直視しなければならない「習慣の崩れ」について、脳の仕組みの観点からお話しします。
「物忘れ」の影に隠れる、見逃してはいけない4つのサイン
認知症や高次脳機能障害の初期において、記憶が曖昧になること以上に注意深く見てほしいのが「生活習慣・ルーティンの変化」です。 皆さんの親御さんに、最近こんな変化はありませんか?
- ① 料理の「味」と「段取り」の変化: 長年作り続けてきた味噌汁や煮物の味が変わった(極端に薄い、または濃すぎる)。30分で作れていた食事に2時間かかるようになった。
- ② 家事の「工程」が抜け落ちる: 毎日回していた洗濯機を回し忘れる。あるいは、洗うこと(スイッチを押すこと)まではできても、「干す」「畳む」という次の工程がスッポリと抜け落ちてしまう。
- ③ 身だしなみへの無頓着: 毎日欠かさずお化粧をしていたのに、全くしなくなる。寝癖を直さない、真冬なのに薄着で過ごすなど、季節感や身だしなみへの関心がなくなる。
- ④ 趣味や日課の消失: 毎朝必ず読んでいた新聞を読まなくなる。大好きだった庭いじりや、友人とのカラオケに行こうとしなくなる(意欲の低下)。
これらは、「最近ちょっと怠け癖がついたのかな」「年のせいだから仕方ない」と片付けられがちですが、実はこれこそが**「脳の機能低下(遂行機能障害)」を示す強烈なSOSサイン**なのです。
【STの臨床実例】軽度脳梗塞の患者さんが語った「脳の疲労」
なぜ、「習慣」ができなくなることがそれほど大きな問題なのでしょうか。ここで、私が担当したある患者さんのお話をさせてください。
その方は、ごく軽度の脳梗塞を患った女性でした。手足の麻痺などの目立った後遺症はなく、入院中のおしゃべりも非常にスムーズ。「これならご自宅での生活も全く問題ないですね」と笑顔で退院されました。
しかし数週間後、外来のリハビリに来られた時に、ひどく疲れた様子でこうおっしゃいました。 「先生、家に帰ってから生活がガラリと変わってしまったよ。自分の家なのに、毎日がすごくしんどいんだ」
詳しくお話を聞くと、久しぶりに台所に立って料理をしてみたら、今まで何も考えずにできていた味付けがうまくいかない。コンロの火を見ながら野菜を切るという「段取り」が組めず、何を作るにもものすごく頭を使って時間がかかってしまう、とのことでした。
そして何より、**「まるで、外国の初めて見るキッチンで、慣れない料理をマニュアルを見ながら作っているような感覚で、ものすごく疲れるんだ」**と訴えられたのです。
なぜ習慣が消えるのか?脳の「省エネ機能(オートパイロット)」の崩壊
この患者さんのエピソードは、認知症や高次脳機能障害の方の頭の中で起きている「混乱」を理解する、非常に大きなヒントになります。
私たち健康な人間にとって、習慣化された行動(料理、着替え、いつもの散歩道など)は、**「脳を疲れさせずに生活するためのオートパイロット(自動操縦)機能」**です。体が勝手に動くため、いちいち「次はどうするんだっけ?」と考えずに済みます。
しかし、認知症などで脳の機能(特に前頭葉の遂行機能)が低下すると、この「自動操縦」のスイッチが壊れてしまいます。今まで無意識にできていたことが、すべて**「手動運転(初めてやる複雑な作業)」**に変わってしまうのです。
健康な私たちが、慣れない職場で、見ず知らずの機械を必死に操作するような緊張状態――それが、朝起きてから寝るまで1日中続くとしたらどうでしょう?
- 頭が疲れ果てるから、やりたくない
- 失敗して迷惑をかけるのが怖いから、動きたくない
ご家族から見ると「急に怠け者になった」「やる気がなくなった」ように見えるその姿は、実は**「脳が常にフル回転していて、極限まで疲れ切っている状態」**なのです。
まとめ:家族はどう関わるべきか?「なんでやらないの!」は禁句
認知症の気づきにおいて大切なのは、「今日が何日か言えるか」「何回同じことを聞いたか」という記憶力のテストをすることではありません。 親御さんの**「その人らしさ(=長年の習慣)」が保たれているか**を、生活の中で見てあげてください。
もし、お母さんの料理の味が変わったり、お父さんが趣味を辞めてしまったりしたら、それは脳からのSOSです。 絶対にやってはいけないのは、「なんでやらないの!」「前はできてたでしょ!」と叱ることです。怒られると自信を失い、さらに活動量が減って認知症が急激に進行してしまいます。
「怠けているのではなく、やるのが大変(疲れる状態)になってきたんだな」と想像してみてください。 次回は、こうした「習慣の崩れ」が家庭で見られたときに、**具体的にどう声をかけ、どうサポートすれば親の心と脳を守れるのか(引き算と足し算のサポート術)**についてお伝えします。お楽しみに!
コメント